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創傷治癒にナノテクノロジーの力を活用する

2025/12/16

Dr Alison Halliday

研究者たちは、痛みを伴う傷の治療に高い効果が期待できる、ナノ材料を使った新しいドラッグデリバリーシステムを開発しました。

慢性的な傷や深い火傷など、皮膚は構造が複雑なため治療が難しい場合が多くあります。従来のガーゼなどの医療用被覆材は、滅菌された通気性・保湿性のある環境を保ち、感染を防ぐ物理的バリアとして機能することで治癒を促します。

しかし近年、材料科学とナノテクノロジーの進歩により、薬剤を放出して積極的に感染防止と治癒を助ける新しいナノマテリアル被覆材の開発が加速しています。特にナノ粒子を埋め込んだ創傷被覆材は、薬剤を患部に固定し、持続的に放出させることで効果的な薬の濃度を長時間維持できる点で注目されています。

ジクロフェナクは、痛みを長く抑えることができる一般的な非ステロイド性抗炎症薬です。通常は急性の痛みを和らげ、傷の治癒を助ける目的で経口薬として処方されますが、局所的に作用させることで、過剰な炎症を抑え、慢性的な傷の治りを助ける可能性もあります。

次世代の創傷被覆材

新しくMaterials誌に発表された研究では、標的となる部位の痛みを和らげるための多層構造ポリマーベースの被覆材が開発されました¹。

研究チームはスピンコーティング技術を使って、ジクロフェナクをポリヒドロキシエチルメタクリレートとポリヒドロキシプロピルメタクリレートからなるマトリックスに埋め込みました。さらに層ごとのコーティングと、超常磁性鉄–白金ナノ粒子を取り入れることで、持続的な薬剤放出と精密な適用が可能な多層構造を実現しました。

チームは多様な手法を使って、この多層的な被覆材の物理化学的・構造的・形態的特性を評価しました。その結果、薬剤分子と磁性ナノ粒子が相乗的に作用することで、薬剤の放出速度をコントロールできることが分かりました。また、培養したヒト皮膚細胞に対して生体適合性があることも確認されました。

なお実験には、エルガのPURELAB® システムで精製された超純水が使用され、結果に影響を与える可能性のある不純物の混入が最小限に抑えられました。

有望な治療ツールとしての可能性

今回の研究は、磁性ナノ粒子とジクロフェナクを生体適合性ポリマーに同時に組み込んだ、革新的な多層型被覆材の設計を示したものです。

一連の実験を通じて、この被覆材が長時間の鎮痛に必要な特性を備えていること、そしてヒト皮膚細胞に対して安全であることが実証されました。

この多層ナノ材料ベースのドラッグデリバリーシステムは、局所的な痛みを和らげるための個別化された治療戦略に役立つ可能性があります。術後の患者の痛みや不快感を軽減する、新しい創傷被覆材として発展することが期待されています。

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参考

  1. Zidarič, T. et al. Multilayer Methacrylate-Based Wound Dressing as a Therapeutic Tool for Targeted Pain Relief. Materials 2023, 16, 2361. https://doi.org/10.3390/ma16062361

著者紹介:Dr. Alison Halliday

シェフィールド大学で生化学と遺伝学を専攻した後、ニューカッスル大学でヒト分子遺伝学の博士号を取得。

その後、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンでシニアポスドク研究員として5年間、子どもの肥満症候群に関わる遺伝子の研究に従事。

研究者としてのキャリアを経てサイエンスコミュニケーションの分野へ転身し、Cancer Research UK では10年間にわたり、同団体の研究活動を一般の人々に伝える役割を担った。

現在は、ライフサイエンス、医学、ヘルスケア分野の研究に関する記事執筆を専門としている。